コロナ禍の自己管理(仕事面)

お題「#この1年の変化」

あらゆる場面で新型コロナウイルス感染症の影響を受けたこの一年、改めて自己管理能力の低さを痛感した。

夏休みの宿題は、24時間テレビが放送される時期からとりあえずやらなければならないという意識を抱きつつも*1手につかず、焦燥感に身をすり減らしながら最終日を迎え、数日は徹夜で宿題に取り組むような生徒だったことを思い出しても*2、とにかく昔から自己管理能力には難を抱えていた。

 

大人になったら、当然のように自己管理が求められる。

自己管理能力の低さを痛感しつつ、そのディスアドバンテージを乗り越えるための手がかり的なものをつかんだ一年でもあった。

自己管理能力の低さは、仕事でも私生活でも、このコロナ禍で露呈した。

今回は仕事面での気づきに触れたい。

 

緊急事態宣言下では外出自粛が呼びかけられ、私の職場でも在宅勤務が推奨された。

在宅勤務では、基本的に職場の人とのやりとりはなく、一人自宅にこもって仕事をこなすことになる。

一応、仕事ではあるので、だらだら一日を過ごしてていいわけでもなく、在宅勤務中にはどのような作業をしたかの報告は求められる。

元々引きこもり体質な私にとっては、これはとてもうれしい機会のように思えた。

しかし、この在宅勤務においては、オフィスに出勤するときよりも自己管理が必要となる。というより、そのパフォーマンスに自己管理能力が大きく影響を与えるように思える。つまりは、私の苦手な部分に向き合わなければならない機会でもあった。

そんな在宅勤務において、私にとってはよかった点、悪かった点の双方があったので、以下のとおりまとめておきたい。

 

1、よかった点

端的に言えば、仕事を効率的なジグソーパズルの組み立てのようにこなせるようになった点である。

与えられた仕事を大きな絵ととらえ、その仕事を遂行する上での一つ一つの作業をジグソーパズルでいうところのピースのように「to do」に分解し、効率的に組み立てていく、そういった仕事の進め方の総論的な部分に意識を向けることができたことが、コロナ禍での成果と考える。

一つ一つのピースへの分解作業は、いわば仕事の段取りにあたる。

在宅勤務においては、基本的に機密情報を持ち帰ることはできず、できる業務はおのずと制限される。

そこで、普段以上に業務を一つ一つのピースに分解し、在宅勤務でできること、できないことを整理する意欲をかき立てるものとなった*3

仕事の分解にあたって、ジグソーパズルの場合、直線の辺があるピースが外枠になるため、それを優先的に探し、枠を固めたうえで作業をしていく恰好となる。そのあとは、色、柄、ピースの位置から大体の位置を割り出し、当て込んでいく作業が定石となろうかと思う。

仕事についても、あらかじめどの作業をこなしていくかの段取りを組み立てることが必要だ。

どのピースをどの辺に敷き詰めればいいかは、緊急度、重要度を元に考えていけばいいという話を過去の研修で聞いたことがあるが、緊急度、重要度に加えて、在宅勤務でできる業務かどうかという指標がここで追加されたことで、パズルの位置のあたりをつけやすくなった。

業務をこなすうえでは、一度付けたあたりに従わざるを得なかったが、それ自体が仕事を効率化する大きな要素になったと思う。

 新型コロナウイルス感染症が流行する前も、あらかじめ段取りを組んだうえで作業に当たるという視点は持てていたつもりだったが、その段取りを自らの裁量で覆すことができる状況であったがゆえに、思い通りに仕事が進まない場面がしばしばあった。 

その点、在宅勤務においては、その裁量が大きく狭まり、段取りに忠実な業務遂行を余儀なくされ、ひいては生産性の向上につながったように思う*4

 

こうした仕事のジグソーパズル化は、仕事がどこまで進んだかも明確になるため、報告時にも都合がよく、いろんな意味で私にとって大きな意味を持つものだったと思う。

 

2,悪かった点

悪かった点としては、職住の境界があいまいになったことだ。

元々仕事とプライベートははっきり区別しており、仕事は一切家に持ち込まないスタイルを貫いていたのだが、それが崩れた。

朝眠い目をこすりながら、直食を食べ、身支度をし、駅まで歩き、電車に乗り…というプロセスを経て、始業時間には一斉に仕事に着手する周りに流されながら、一応は仕事のスイッチがはいっていた。

どうやらオフィスに入ると仕事スイッチに切り替わる習慣が身体に染み込まれていたのだろう。 

在宅勤務下では、起床から通勤までの一連の流れはなくなり、始業時間になったら、自らの意志で仕事モードに入らなければならない。

周りの波に乗ることができない状況では、自らの起動力が頼みの綱なわけだが、これがなんとも苦痛で、まるで冬の寒冷地の自動車のごとく、エンジンが入るまで時間を要した。

仕事に本腰をいれなければいけない場面で、なかなか力を発揮できないのは私にとっては大きな苦痛だった。

 

前述の良かった点、悪かった点、いずれにしても、自己管理能力の低さに通ずる話ではあるのだが、そんな自らの弱みにどう向き合っていくべきかに気づかされた1年であったと思う。

*1:サライ症候群という言葉があるらしい。https://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%82%A4%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4

*2:根が真面目な小心者なので、無理してでもやり遂げてはいた

*3:というよりそうせざるをえなかった。

*4:裁量の狭まりだけでなく、在宅勤務下でが横やりの仕事も基本的にはいってこなかったことも大きい